04.それは突然にやってきた!

1991年夏の朝の或る日

私はいつも通り出勤前に自宅で日経新聞を読んでいました。

経済の1面を読んでから株式面、
そして社会面を見た瞬間、ある記事に目を疑いました。

『XXX社 会社更生法適用を申請 債務額は3000億円弱!』

一瞬現実から引き離されたようなショックを受けました、声が出ません—。

「え?会社更生法って何だ?潰れたって事なのか?何で?何も聞いていないぞ–。
そんな馬鹿な!!」

出勤時間が迫っていた為、仕方なくいつも通り会社に向かいましたが、その日一日中は全く仕事が手につかなかった事を鮮明に覚えています。

とにかく不安でいっぱいで、何をすればいいのか全く分からない状態でした。
(多分動悸も普段の培近くあったのではないでしょうか(笑))

その日は家にまっすぐ帰らず、当時新宿にあった不動産会社のオフィスに状況を確認しに行きました。

はっきり覚えてはいませんが、多分夜の8時前後だったと思います。担当者と会話しました。

「一体どうなっているんですか?会社更生法適用なんて–。寝耳に水じゃないですか?」

担当者「NIDOJUNさん、誠に申し訳ありません。ただ今回の事は我々にも殆ど話がなくて正直驚いているんです。今日はまだはっきりとした事はお話できませんが、オーナー様には迷惑がかからない対応をご提案できる準備をしていますのでご心配しないで下さい」

「どういう事ですか?」

担当者「オーナー様のそれぞれの事情に応じて対応は変わると思いますが、物件を維持できなくなる方には買い値に近い金額で売却頂く事になるでしょう」

私「買い値に近いというのは確かなんですか?」

担当者「それは勿論–。ただ我々としては必ず値が上がるものとお客様に説明して購入頂きましたので、その点については申し訳ないと思っております」

「いや、それは仕方ないですよ、もう諦めます。じゃあ売却の相談はまたご連絡すればいいと言う事でしょうか?」

担当者「NIDOJUNさんの担当者は私ですから、私にご連絡頂ければ大丈夫です」

物件を手放すことは少し残念でしたが、「買い値に近い形で売却できるようにする」という担当者の言葉にひとまず安心してこの日は帰りました。

しかし—。

この日を最後にしてこの担当者との連絡は全く取れなくなりました。
恐らくこの直後に会社を辞めたのだと思います。

いや、それどころか会社に電話しても「当社は会社更生法の適用申請中である為、今後の経営は更生管財人の方のご判断に一任する事になっております」とオウム返しで言われるだけで全く何の進展もありませんでした。

物件の売却は全くできない状態とはなっていましたが、その頃は借り上げ家賃も通常通り振り込まれており、極端に言えば会社が倒れてしまったこと以外は何の変化もありませんでした。しかし...

1991年の師走、遂にその時はやってきた

『XXX社 更生管財人からのお知らせ』と題した封書が届けられ、その中身を読んだ私は衝撃を受けました。

『本年夏に会社更生法適用を申請したXXX社の経営再建に関してさまざまな協議を繰り返した結果、経営再開にあたっては著しく体力を損なう海外不動産に関する事業を全て処分し、現オーナー様との借り上げ契約を解除する以外に道はなく—』

『海外不動産処分』、『借り上げ契約解除』という言葉が頭の中で踊ると同時に、ローン支払いに関しては一切の記述がなく、その事がさらに不安を掻き立てました。

最後に、『1992年1月に目黒公会堂において、債権者集会を開きますのでご参加願います』という記述を見つけ、1月に全てが明らかになると心に言い聞かせて1991年を終えました。

1992年1月

真冬の風が冷たい目黒公会堂には数百名の債権者が集まって、更生管財人からの説明を受けていました。

おおまかな内容は1991年末に送られてきた封書の内容とほぼ同じでした。

(1)1991年夏の会社更生法適用の申請以後、関係者で全力を挙げて再建に取り組んでいる。

(2)負債総額を圧縮し、スリム化を図る事によって経営の立て直しを早急に実現したい。

(3) (2)の観点より、既に当時の社員は殆ど残っていない状態

(4)特に不採算となっている海外不動産を一括売却し、債権者に還元する

ここまでは比較的淡々と管財人からの説明が進み、会場内からの質問も殆どない状態でした。そして...

次のやり取りの後議論は紛糾する事に

質問者A「海外不動産を一括売却する、との事ですが、物件のオーナーの中には借り上げ制度が廃止されたら自分で実際にコンドミニアムやホテルを賃貸して事業を継続したいという人もいるのではないかと思いますが、それらの要求が多数あれば、売却は中止となる可能性はあるのでしょうか?」

管財人「残念ながらそれは極めて難しいと思います。コンドミニアムやホテルは単に部屋だけではなく共有スペースなども皆さんの権利に入っているので、こま切れ状態での売却では買い手がつかなくなってしまいます」

質問者A「じゃあ仮にハワイやサンディエゴの物件のオーナー全員が継続して自分たちで経営していくと希望した場合はどうなんですか?それであれば売却希望者がいない訳だし」

管財人「それもまず無理だと思います。実際に皆さんで賃貸経営する事になれば、今までのように毎月一定の金額が振り込まれる訳ではないですし、安定した経営は期待できないかと思います」

質問者A「経営努力で何とかできないかと思っているオーナーも沢山いると思うんですよ、いきなり安定した経営ができないなんて決めつけすぎじゃないですか?」

管財人「まず皆さんにはっきりとお伝えしなければいけないのは、今までの借り上げ契約で皆さんが毎月貰っていた金額と同じ金額は絶対に貰えないという事です」

質問者A「それどういう事ですか?同じ金額貰えないって事は、いくらであれば賃貸できるという事ですか?」

管財人「—-」

質問者A「それ重要ですよ、いくらであれば賃貸可能なんですか?」

管財人「正確な金額はここでは言えません、ですが海外不動産に関しては借り上げ保証は販売促進の為の単なる手段にすぎず、事業としての採算性は殆どなかった事が明らかなんです。海外不動産は販売すればするほど膨大な赤字を垂れ流している状態であった、という事がはっきりしています」

当然議論は紛糾します。

飛び交う怒号

「元々採算が取れない物件を高値で販売していたのか!!」
「物件を一括売却して我々にはいくら残るんだ!?もう計算されているのではないのか!!」

会場からは怒号が飛びますが、この後管財人からは一切の明確な答えはありませんでした。

最後に管財人から

「皆さんは殆どローンを組まれている事と思います。物件がなくなって借金が残ってしまう、という皆さんの事情は十分すぎるほど分かっています。ですが皆さんもご存知の通り、物件の家賃収入とローンは全く別物の契約です。こちらについては我々管財人ではコントロールする事はできません。但し返済金額を考慮してローン期間を延長するとか、当面の返済金額を抑えて数年後に見直す、といったような依頼を我々から金融機関に対して働きかける事はできますので遠慮なく相談して下さい」

管財人としては精いっぱいの誠意で答えたのでしょうが、恐らく会場にいた殆どの債権者は納得できなかったと思います。

(1)会社の経営の悪化により一方的に自分たちの物件を売却される。

(2)自分たちで独自に経営する場合は賃料が低すぎて採算が取れない。

(3)しかもローンは払い続けなければならない。

とても納得できる内容ではありませんでした。

債権者集会の説明内容には納得がいかなかったものの、具体的にどうすればこの局面を打開できるのか対策が見つからない私は、この後悶々とした日々を過ごす事になるのです。

NIDOJUN

記者のプロフィール

NIDOJUN
NIDOJUN
兵庫県神戸市出身

現在、外資系IT企業で銀行系大規模プロジェクトのプロマネを本業とするかたわら、副業として国内不動産3棟(30室)区分所有1戸を経営するサラリーマン大家として活動中。

1988年に最初の不動産投資を行うが、国内物件と合わせて所有していた海外物件がバブルの崩壊と共に不良債権化、その後10年以上は大家としてのキャリアは空白となる。

2010年より再び不動産賃貸業を開始するが、最近加熱気味の海外不動産投資ブームを見て、かつて自分が失敗した体験を参考にして欲しいという思いがこみ上がり、アジア太平洋大家の会にてコラム執筆を決意。

また2011年夏から開始したブログでは不動産投資をはじめとしてネットビジネス、旅行、映画、ビジネスマインドなどさまざまなテーマで情報発信中である。

今後は’地域や時間に縛られない自由な大家業’というコンセプトで
’フリーエージェント大家’の実現を目指している。
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