06.闘うしかない!

1992年の12月、川崎駅の近くにある「産業振興会館」において、第一回目の海外不動産オーナーのミーティングが行なわれました。

運命のミーティング

ミーティングの中身は、「今後の対応方針の決定」です。つまり、現状を打破する為にとにかく訴訟を提起するか、それとも現状に甘んじてローンを払い続けるか、という選択をしなければなりません。時間が経つほど今後の展開が厳しくなるであろうという事は、私でも容易に想像できました。

この時は弁護士の方は2~3名程度、海外不動産オーナーは40~50名程度が出席していました。
既に自分の心の中では「訴訟提起」という決心はしているつもりだったのですが、この日、弁護士の方や既に訴訟提起済みのメンバーの方との意見交換をしていくうちに、本当に裁判で闘っていく為の強い決意がなければ結果は出ない、という事を肌に感じました。

訴訟というと何やら’弁護士任せ’で原告(になる予定)の私たちは特に目立った事をするというつもりはなかったのですが、この日何度も言われた事は、

(1)訴訟をするのはあくまで貴方たちであり、弁護士は法的なお手伝いしかできない
(2)最初から弁護士任せで訴訟を提起しても、決して勝てない
(3)そして現実的な問題として、現時点における勝訴の確率は高いとは言えない

という厳しい現実でした。

特に(3)のコメントを聞いた時はショックでした。と同時に「ああやっぱりか」という思いが心に浮かんだのです。

海外ではローンを組んで不動産を購入した場合、ノンリコースローンという考え方が一般的です。この場合は例えば会社が倒産したりクビになったりしてローンの支払いができなくなってしまった時、購入した不動産を売却する事によりローンの支払いも免除されるという考え方です。

しかし日本の場合は、通常は不動産購入の契約とローン契約は別物というリコースローンの考え方を取っています。従って例え前者のような事態が起こったとしても、物件価格が下がってしまったりしていた場合は、売却金額とローンの差額に関しては購入者の方に支払いの義務が生じます。

私もそれぐらいの事は知っていたので、「物件の価値が元々低かったから、といったところで売却後の残債が免除される」などという事は当然ありえないだろう、と思っていました

しかし、最初から諦めていてはそもそも訴訟を提起する意味がありません。

初回のミーティングでは、

(1) 今回の裁判の焦点は何か?
(2)今後どのように裁判を闘っていくのか?
(3) 訴訟を提起した原告は何をするのか?

といった部分が議論されました。

まず一番重要な(1)については、弁護士の方から以下の説明がありました。
「今回の一連の海外不動産取引の仕組みそのものに詐欺性があるのか」
これが裁判の焦点であり、この部分で裁判所に認めてもらえなければ原告の被害回復は絶対に不可能、という事でした。

しかし、私を含めて当日会場に集まっていた殆ど全ての人間は、「いくら何でもそれは無理じゃないか」と感じていたと思います。

不動産業者の詐欺性を追求する

我々が購入した不動産はちゃんと実在しているし、契約書の内容も特に特殊ではない。不動産会社が破綻するまでは「保障家賃」もきちんと提供されていた。物件価値が元々低かったとはいえ、購入者側での慎重な対応や事前の調査などでそのあたりは調べられたのではないか、と考えると、詐欺的要素がどこにあるのかこちらが首を傾げたくなる内容で、弁護士の方が何をもって詐欺を立証しようとしているのか、正直全く分かりませんでした。

我々の疑問を見透かしたように、弁護士の方からは以下のような問いかけがありました。

「皆さんは殆どの方が、XX会社のローンで購入の手続きをされているはずですが、この会社が不動産会社の100%子会社という事はご存知ですか?」

知りませんでした。いや、正確には忘れていました。
確かに物件購入時には最初からXX会社のローンを組む事があたかもパッケージのような形で提供されていました。

通常の銀行でローンを組むよりも多少金利が上乗せされていましたが、’審査に通りやすい’という理由で殆どの人間がXX会社のローンを利用していました。

実はあとから分かった事ですが、通常の銀行でローンを組もうとした場合、かなり多めに頭金を準備しなければ審査に通る事はまず無理だったそうです。

言い換えれば、ローン返済に関して銀行の基準では融資が極めて受けにくい条件の物件だったという事です。

しかしそういった事実を前提としたとしても、またローン会社が100%子会社だったとしても何故詐欺の可能性が立証できるのか?

それは不動産会社の破綻の時期と物件販売をしていた時期が比較的接近していたという事実から立証の可能性がある、という説明がありました。

100%子会社というのは、会社の名前こそ別ですが、経営母体は同一で、実際の経営層が殆ど同じメンバーという事も珍しくありません。
事実、このローン会社も代表取締役を初めとする経営陣は、親会社である不動産会社とほぼ同一でした。

つまり、「親会社の経営状況をほぼ完全に把握できる立場にあり、なおかつ親会社の破綻の直前までほぼ無条件で融資を継続していた」という事実が証明できれば、詐欺罪が成立する可能性がある、という事になるのです。
言葉は悪いのですが、「親会社の売り逃げ行為を側面から支援した」という罪です。

とはいうものの、、、

「なるほど」と頭では理解できる反面、「’問題の海外不動産については会社の経営状況が危なくなるかなり前に販売されていた物件である’、という状況だったとするとこの主張も通らないかも」
という不安も同時にありました。

私が物件を購入した時期は1989年の半ばです。一方不動産会社の突然の’会社更生法適用申請’の記事がニュースになったのは1991年、2年もの開きがあり決算が2回も間に入っています。

いくらなんでも’2年後に破綻するかもしれない経営状態であった’などという主張は論理の飛躍が過ぎるし、裁判所から万が一’こじつけ訴訟’という見方をされれば以降の主張など聞き入れてもらえないかもしれません。
少なくとも私の頭の中では詐欺立証の可能性はこの時点で完全に消え去りました。

私以外のオーナーもほぼ全員、同じように感じていたと思います。
「いくら何でも詐欺は無理だろ」

しかし弁護士団の考えは違っていました。「詐欺が立証できるか否かというのは、ある1物件を見ただけで判断できるものではなく、明らかに収益性の低い物件を継続して販売し、その事によって将来的には会社の利益が圧迫され契約書に規定されている家賃保障がいずれできなくなる、という事が予想されたのではないか、という考えが認められるかどうかが争点です。

もしもそのような事が明確に社内で認識されていたとして、それでも同じような収益性の低い物件をあたかも優良な物件のように販売し続けていたとしたらどうですか?それ以外にも購入者の判断を惑わせるような販売方法を取っていたりした場合も詐欺の主張ができます」このような内容の説明がされました。

困難な道のり

詐欺の可能性はさまざまな観点から主張する事が可能である、という事は分かりましたが、’それでもやはり難しそうだ’という思いは変わりませんでした。

何よりも弁護士の方自ら、
「そうはいっても過去の事例もない係争ケースですので相当困難です」
と認めていました。

一筋の明かりが見えたり、突然雲に覆われて薄暗くなったり、この川崎での説明会の後数ヶ月はそのような状況が続きました。

NIDOJUN

記者のプロフィール

NIDOJUN
NIDOJUN
兵庫県神戸市出身

現在、外資系IT企業で銀行系大規模プロジェクトのプロマネを本業とするかたわら、副業として国内不動産3棟(30室)区分所有1戸を経営するサラリーマン大家として活動中。

1988年に最初の不動産投資を行うが、国内物件と合わせて所有していた海外物件がバブルの崩壊と共に不良債権化、その後10年以上は大家としてのキャリアは空白となる。

2010年より再び不動産賃貸業を開始するが、最近加熱気味の海外不動産投資ブームを見て、かつて自分が失敗した体験を参考にして欲しいという思いがこみ上がり、アジア太平洋大家の会にてコラム執筆を決意。

また2011年夏から開始したブログでは不動産投資をはじめとしてネットビジネス、旅行、映画、ビジネスマインドなどさまざまなテーマで情報発信中である。

今後は’地域や時間に縛られない自由な大家業’というコンセプトで
’フリーエージェント大家’の実現を目指している。
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